むかしむかしの思い出ばなし 東大阪”永和会館”編

近鉄河内永和駅南側にあったパチンコ屋。
最後は休業のまま廃業となり、現存していない。

近くのパーラーシカゴがすでに合ったのかどうかも
記憶からは薄れてしまっているが、非CRで4号機のトロピが
あったころから考えてパーラーシカゴと競合していたはず。

ここの客層はヌルイのひとことでした。西支所、郵便局の人が
結構な金額を落としていってくれたおかげで、汚れ系はおいしい
思いをできました。スロ(コンチ2があった)はあんまりよく
なかったですが、パチは他店に置いていない台が豊富にあり、
攻略本にも載らないような台が多く、ハイエナし放題だった覚えがあります。
そのため、香ばしい系の人もいましたよ。おとなしかったけど。

店員はあまり好かんかったけど勝率がよかったことと意外と羽根が
甘かったので機種絞っとけば結構勝てる店でした。
なのにアレンジマンやダイナマイト、クルクル7なんかに手を出すから(笑)。

個人的な思い出としては、閉店間際、OL娘でいつまでも終了確認せず
6000個ほど出たとき、店員に頭たたかれ『4000個までしか認めん』と言われ
言い争いをしたこと(カウンターの姉ちゃんが一人で交換業務をしていて
終了確認の放送をしなかったためそこまで出せたけど結局4000個にされた)、
正月に恒例の振舞い酒をしていた、たまにしか来ないオーナーが香ばしい系
の人にボコボコにされていたこと、阪神大震災の当日もフツーにあいていて
余震でシマが揺れているにもかかわらず打ちつづけていたことが思い出にあります。

機種構成や営業スタイルなんかは結構ツボだったんだけどな。
F.メタルボノカノとかF.フルーティーぐらいからちょっとおかしくなって
いったかも(結構このころになると連荘規制等で非連チャン機が多く見られ
CRを入れていないところは閑古鳥となっていました。)

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